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民間資格
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[ ]の読み方として最もよいものを選びなさい。
彼は今、新薬の研究開発に[挑んで]いる。
次は、ある大学で留学生が応募できる奨学金のリストである。下の問いに対する答えとして、最もよいものを選びなさい。
インドネシア出身で農学部2年生の男子学生、アリ君(20歳)が応募できる奨学金はいくつあるか。
次の文の[ ]に入れるのに最もよいものを選びなさい。
いまさら後悔してみた[ ]、してしまったことは取り返しがつかない。
次の文章を読んで、後の問いに対する答えとして最もよいものを選びなさい。
人間は案外、機械と似ている。機械屋の娘だからなのかどうかはわからないが、私は常々そう思っている。 よく「人間は機械じゃない!」といって、人間を機械のように酷使する社会のシステムを非難する人がいるが、私はその言い分に違和感を覚える。 機械はガソリンや電気が切れれば動かなくなるし、落としたり倒したりすれば壊れる。古くなれば動きが遅くなるし、できないことをやらせようとしてもできない。酷使すれば壊れる。とても正直だ。 ところが、人間は、給料、つまり人間にとってのガソリンを減らして前より「一層よく働け」と命令し、過酷な労働を「精神性で克服せよ」と無理難題を押しつけ、「疲れた」と申し出る人には「癒(いや)せ」と鞭(むち)を打ち、休んでいる人や生産性の低い人を「怠け者」と非難し、そしてとうとう壊れてしまった人を「弱い」と非難する。人間が人間を人間と見なせば見なすほど、非人間性は増していく。 人間に無限の可能性や能力や忍耐力なんてない。できることはできるし、できないことはできない。人間はもっと、[機械を見習ったらどうだろう]。(星野博美「迷子の自由」による)
[機械を見習ったらどうだろう]とあるが、筆者の考えに近いものはどれか。
音楽や美術、彫刻などの芸術(アート)は、聴く人、観(み)る人の批評によって育てられる。悪い演奏をしたら、良くない作品を出品したら、その芸術家は次に表舞台に出る機会を失う。ところが、医師や看護師が行う医療の実践(アート)を評価できる患者は作られてこなかった。一般の人に知識を与えず、医療について評価できる患者がいない。だから医のアートが発展しないのである。これは患者にとってはもとより、医療者にとっても不幸なことではないか。(日野原重明「いのちの言葉」による)
筆者がここで最も言いたいことは何か。
歴史の教科書には、有史以来の「大事件」が山ほど取り上げられている。歴史の特色は、歴史が「起こったこと」の連続として書かれていることである。しかし、人間の毎日の活動の集積が歴史だとすれば、歴史の大部分が「起こったこと」の裏にある「なにも起こらなかったこと」で埋め尽くされていることに気づく。われわれの日常生活を考えれば、事件などほとんど起こらない。もっといえば、われわれは毎日、「事件」が起こらないよいに注意して生活している。車を運転するときには人にぶつけないように、料理するときは包丁で手を切らないように、それで当たり前であろう。そう考えると、歴史の教科書の書き方はきわめておかしいという気がしてくる。 もちろん、「なにも起こらなかったこと」をつなげても、歴史は書けないであろう。しかし、[起こったこと」だけをつないだ歴史は、なにかがおこらないようにするために日常的に払われている努力を無視している。その意味では、現実を誤解させる恐れが強い。ともあれ人間は、「起こったこと」のほうを好む。ジャーナリズムをみれば、それがわかるであろう。歴史とジャーナリズムは、できごとの連続として世界をみる点で、根本的に似たもの同士である。なにかが起こらないようにすることは、意外に大きな努力がいる。それが地味な努力ということである。歴史もジャーナリズムも、それを基本的に評価しない点で共通している。 医学の領域でも、これと同じように、予防医学は二の次、三の次におかれる。手術や投薬で病気が治れば、医者は感謝される。「起こらなかった」病気に、治療費を払う患者はいない。やったことに対する報酬で成り立つ世界、つまり経済中心の世界のおかしさは、そこにある。そこでは予防に人気がないのは当然である。なにかが起こらないようにするための努力が大切だと気づくのは、なにかが起こってしまってからである。医者の忠告を無視して病気になれば、あのときいうことを聞いておけばよかったと思う。BSE(牛海綿状脳症、いわゆる狂牛病)の牛が出たとわかってから、飼料の原料をきちんと管理しておくべきだったという話になる。バブル期(注1)にマネーゲームに手を出して損をした企業は、本業だけに精を出していた企業をうらやむ。(養老孟司「いちばん大事なこと」による)(注1)バブル期:土地や株が異常に値上がりする経済状況の時期
この文章で筆者が言いたいことは何か。
次の[A]と[B]は、それぞれ別の新聞のコラムである。[A]と[B]の両方を読んで、後の問いに対する答えとして最もよいものを選びなさい。
[A] 国語辞典「大言典」の第四版が発売された。十年前の改定以降の社会や生活の移り変わりを反映した言葉約一万項目が新たに加えられたという。収録語数は総計二十四万件余りと、同種の辞書の中では最多を誇る。 出版社によると、新たに盛り込まれたのは「逆切れ」など世相を反映した語の他、「イケメン」「ラブラブ」といった若者言葉など。 「逆切れ」については「怒られた人が反対に怒り出してしまうこと」と書かれている。また、「イケメン」は「かっこいい男性」と説明。「ラブラブ」については「互いに愛し合っていて仲がよい様子」と説明されている。 今回採用された新語のうちカタカナ語が実に四割近くを占めた。長年改訂に携わっている担当者の一人は「選定の過程では、私自身もわからない言葉がいくつもあり判断に困った。若者には常識なんでしょうけど」と話していた。(中央経政新聞)
[B] 全面改訂された「大言典」第四版では、マスメディアやインターネットなどから収集した約十万語のうち、一時の流行にとどまらず、人々の間に定着したと認められる新語を厳選。「ラブラブ」「イケメン」など約一万語が新たに増えたそうだ。時代の流れに即した新感覚の辞書と言えば響きはいいが、宣伝のための話題作り以上のものがあるだろうか。流行とはしょせん一時のもの。いずれ消えゆくものは自然に忘れ去られるまで放(ほう)っておけばよい。それゆえ、「家電(いえでん)(=自宅の電話番号)」「クールビズ(=夏のビジネス用の服装)」などは、「一時的な流行や狭い範囲だけで使われている」として採用が見送られたのは賢明であろう。(毎朝日報)
この辞書が多くの新語を取り入れたことについて、[A]の筆者と[B]の筆者はどのような立場ととっているか。
次の文章を読んで、文章全体の趣旨を踏まえて、[ ]の中に入る最もよいものを選びなさい。
ぼくは、プライドというのは絶対感だと思う。 自分がバカであろうと、非力であろうと、そういう自分全体に責任を持って、堂々と押し出す。それがプライドだ。ところが自尊心だとかプライドだといいながら、まるで反対のことを考えている人間が多い。他人に対して自分がどうであるか、つまり、他人は自分のことをどう見ているかなんてことを気にしていたら、絶対的な自分というものはなくなてしまう。プライドがあれば、他人の前で自分をよく見せようという必要はないのに、他人の前に出ると、自分をよく見せようと思ってしまうのは、その人間に対してコンプレックスがあるからだ。 大切なのは、他に対してでなく、自分自身に対してプライドをもつことなんだ。 他に対して、プライドを見せるということは、他人に基準をおいて自分を考えていることだ。そんなものは本物のプライドじゃない。たとえ、他人にバカにされようが、笑われようが、自分が生きている手ごたえをもつことが、プライドなんだ。 相対的なプライドではなくて、絶対感をもつこと、それが、ほんとうのプライドだ。このことを貫けなかったら、人間として純粋に生きてはいけない。 だから、自分は未熟だといって悩んだり、非力をおそれて引っ込んでしまうなんて、よくない。それは人間というものの考え方をまちがえている。というのは人間は誰もが未熟なんだ。自分が未熟すぎて心配だなどというのは甘えだし、それは未熟ということをマイナスに考えている証拠だ。[ ]、弱い人間とか未熟な人間のほうが、はるかにふくれあがる可能性をもっている。未熟というものは運命全体、世界全体を相手に、闘う力というものをもっている。
[ ]の意味が最も近いものを選びなさい。
このマニュアルの説明は[ややこしい]。
カラスは頭がいいというのは、みんな知っている。もはや常識といってもいいかもしれない。ゴミにカラスが来ないように何かしかけても、すぐに見破られてしまい、「カラスって頭がいいんだなぁ」と実感することも多いだろう。人の思惑がカラスに見抜かれているようで、感心してしまうのである。 では、「頭がいい」というのは、どういう能力をいうのであろうか。 人間界では、抜群の記憶力を持つ人を「頭がいいね」なんていう。この点でいえば、鳥は「三歩歩くと忘れる」というくらい記憶力が悪い動物とされる。ところがカラスには、それは当てはまらない。 宇都宮大学の杉田研究室では、いろいろな実験をしてカラスの能力を調べている。たとえば、15人の顔写真を貼(は)った容器の一つだけに、大好物のドックフード(注1)を入れて覚えさせると、100%近い正解率を出す。しかも三週間ほどブランクを開けても成績はほとんど変わらないというから驚きである。三歩どころか三週間たっても忘れないのだ。しかし、カラスの仲間のマツカケスは一万か所も貯食場所を覚えているのだから、こんなことは朝飯前なのかもしれない。 状況を的確に判断して行動する人も、賢いといわれる。カラスはこの点でもすぐれた能力を見せる。 鳥の子育てを観察するときには、ブラインドと呼ぶ小さなテントを巣の近くに張って身を隠す。そうすればこちらの姿が見えないため、おおかたの鳥は警戒することなく子育ての様子を見せてくれる。 しかし、カラスにはそうはいかない。渋谷のハシブトガラスの子育てを観察したときは、ほんとうに苦労した。たいていの鳥は、留守中にブラインドに入れば、意外とすぐ巣に戻る。もし、なかなか戻らなければ、ブラインドにいったん二人入り、一人だけでる。そうすれば中にはもう人がいないと思って巣に戻る。鳥は算数ができないためである。しかし、この方法でもカラスはだませない。もしかしたら、計算ができるのかもしれないと思ってしまう。このきは結局、無人カメラ以外では観察ができなかった。的確な状況判断をし、危険を回避する能力がカラスはほかの鳥よりもすぐれているという実例である。 じつは、カラスのこの能力が研究の障害になっている。鳥の研究は、脚輪(あしわ)(注2)などの目印をつけて個体識別をするのが、第一歩である。それにはどうしても捕まえなければならないのだが、カラスの場合、これがままならない。たしかに捕獲することはできる。しかし、トラップに入るのはたいていが若鳥で、成鳥が捕まることはほとんどない。成鳥を捕まえて研究するのはまず無理である。日本有数の鳥の研究者で捕獲の名人といわれる人でも、カラスだけはあきらめたという。(柴田佳秀「カラスの常識」による)(注1)ドックフード:犬のえさ、ドッグフード(注2)脚輪:1羽1羽見分けるために鳥の脚(あし)に付ける輪
この文章からわかるカラスの能力はどんなことか。
C
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28日
14位/38
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